ITエンジニアの世界は、異なるスキルや経験を持つ人が集まって仕事をすることが多く、業務を通して相互にスキルや経験を共有し合い、自身にとってもそれを有益な経験としやすいことがメリットです。しかしその半面、異なる意見のぶつかり合いが生じやすいといったように、円滑なコミュニケーションを心掛けなければならない場面も多々あります。そのような場面において、適切な自己主張ができるようにするために身につけておきたいスキルがアサーションです。

今回はアサーションの意味と、身につけるためのトレーニング方法についてご紹介します。

アサーションとは?

ITエンジニアは各自のタスク管理や細かい作業自体はひとりで行うことが多いものの、納期に向けてのスケジューリングや進捗状況に応じての調整など、コミュニケーションスキルが求められる場面は意外と多いものです。また、チームを取りまとめるマネージャーは、チーム内だけではなくクライアントや自社の他チームメンバー、営業担当者など、関係各所との折衝において高度なコミュニケーションが常に必要とされます。

コミュニケーションを円滑にするためのスキルにはさまざまなものがありますが、そのなかで、異なる意見を持つ相手に対して適切な自己主張をするために活用したいスキルが「アサーション」です。

アサーション(Assertion)とは、「主張」という意味を持つ単語で、「自身の意見を主張しつつ、相手の意見を尊重する」コミュニケーション手法のことを指します。

アサーションとそのメリット

ビジネスにおけるコミュニケーションでは、個々人や組織同士の利害関係に左右される場面や、異なる意見がぶつかるケースが日々発生します。そのようなシチュエーションにおいては、率直な自己主張を行うことで、自身や自社としての意見を伝える必要があります。しかし、単に自分の意見を主張するだけではいけません。自分の意見を十分に伝えられないと適切な意思疎通ができませんが、自身の意見を一方的に主張するだけでは、何らかの摩擦が生じてしまうことでしょう。そのような事態を防ぎ、円滑に意見の擦り合わせをするためには、アサーションが欠かせないのです。

アサーションによって、相手の意見を尊重する姿勢を見せつつ自身の意見を率直に伝えることで、適切な意見交換と相手との良好な関係性の構築が実現できます。

アサーションとアサーティブの違いとは

「アサーション」に類似した言葉として、「アサーティブ」があります。意味としてはどちらもおおむね同じですが、「アサーティブ」は主に看護・医療領域で用いられています。医療現場における「アサーティブ」はチーム医療のなかでの適切なコミュニケーションの方法であり、それによってチーム医療の機能やサービスの向上を実現することが可能となります。

「異なる立場の人が集まっている場における自身の主張のあり方」という意味では「アサーション」と同一の概念に当たりますが、シチュエーションによって名称が使い分けられています。

ITの現場にアサーションが必要とされる理由

アサーションを用いた円滑なコミュニケーションには、「心理的安全性」も重要です。初めに心理的安全性について押さえたあとに、IT現場でのアサーションを見てきましょう。

アサーションと心理的安全性

心理的安全性とは、「新たな提案や意見を出しても否定的な態度を取られないと確信できる」ということであり、各メンバーがこのような認識を持てる職場は心理的安全性が高いと言えます。反対に、「意見を述べると毎回のように否定的な態度を取られる」と感じられるような職場は、心理的安全性の低い職場に当たります。

組織の心理的安全性が低い場合、意見を述べても否定されるだけだと感じることから、新しいアイデアを出そうと思う人が少なくなります。そのため、何かを発展させることは難しくなり、業務の進行が滞るだけではなく、組織としての成長も停滞しがちとなります。また、チームにおける人間関係も悪化しやすく、業務のうえで困ったことがあっても相談しづらい雰囲気となり、その結果、人材もなかなか定着しなくなってしまいます。

そのように重要な心理的安全性を高めていく過程において、アサーションは大きな役割を果たします。アサーションを活用することで、意見を言いづらい相手であっても率直な意見を伝えられるようになるからです。

近年、グローバル化やダイバーシティ推進などの背景から、人材が多様化してきています。そのような状況下で、アサーションと心理的安全性の重要性はますます高まっていると言えるでしょう。

アサーションがITの現場で求められる理由

相手の考えを尊重しつつ自身の考えを伝えることが可能になると、過剰なコミュニケーションコストがかからなくなり、メンバー個々人のストレスが軽減され、職場の人間関係が良好になります。

また、メンバーそれぞれが円滑に意見を出し合える環境であれば、メンバー個人にとっての働きがいにもつながり、人材の定着や、組織全体のよりいっそうの成長が期待できるでしょう。

特にITエンジニアの場合、長期間同じ場所・同じメンバーで業務に取り組み続けるということは少なく、プロジェクトごとにアサインされて業務を行うスタイルがほとんどです。そのため、プロジェクトにアサインされるたびに、経験や経歴、スキルもさまざまな新しいメンバーとの円滑なコミュニケーションが必要になります。

しかし、摩擦を生むことなく、適切な意見交換がスムーズに行われる状況を作り出すことは、そう簡単ではありません。多様な人材が集まるITエンジニアの職場だからこそ、アサーションは欠かせない技術と言えるのです。

アサーションを身につけるトレーニングとは?

アサーションは、トレーニングによって身につけることが可能です。

アサーションを身につけるにあたり、まず押さえておきたいのが3つのコミュニケーションタイプです。それぞれのコミュニケーションの在り方を踏まえたうえで、トレーニング方法について見ていきましょう。

アサーションにおける3つのコミュニケーションタイプを理解する

自己表現には大きく分けて3つのタイプがあります。それぞれのタイプのコミュニケーションスタイルを把握し、自分はどのタイプにあてはまるのか、トレーニングを通して解決すべき課題は何であるのかを洗い出しましょう。

1つ目は相手の意見を尊重しつつ、自分の意見を率直に伝えることができるタイプ。相手の意見が、自分に対して肯定的かそうでないかにかかわらず耳を傾けることができ、適切な自己主張ができる人物です。周囲とも円滑なコミュニケーションができている状態であると考えられ、アサーションにおいて、目指すべき人物像にあたります。

ほかの2タイプはアサーションができていない「受身的なタイプ」と「攻撃的なタイプ」に分けられ、それぞれコミュニケーションスタイルが異なります。

受身的なタイプは相手の意見を優先させがちで、自分の意見を主張することがほとんどありません。適切な自己主張ができないため、円滑なコミュニケーションが取れているとは言い難い状況にあるでしょう。ストレスを抱え込むばかりで、適切な課題解決に結びつかないのがこのタイプです。このようなタイプの人が心掛けたいのは「アイメッセージ」という手法。意見を述べなければならない際に、主語を相手ではなく「私」にすることで、自分の意見を率直に伝えやすくなるでしょう。例えば、「(あなたは)なぜ納期が遅れたんですか?」ではなく、「((私は)心配になるので、納期が遅れそうになる場合は連絡をもらえると助かります」といったように、自分の気持ちや考えを言葉で表現するイメージです。

反対に攻撃的なタイプは、自身の意見は明確に主張するものの相手の意見を尊重する姿勢がなく、相手に対して支配的な態度を取ったり、配慮の足りない言動をしたりしてしまいがちです。自己主張はできても摩擦が生まれてしまうため、チーム内の人間関係や、チームワークに悪影響を及ぼす可能性が高いと言えるでしょう。

このようなタイプの人は、前述の「アイメッセージ」のほか、「イエス・バット法」を心掛けてみるといったことも有効です。「イエス・バット法」は「そうですね。しかし〇〇だと思います」という形で相手の話を一旦受け入れ、そのあとで反対意見を述べるという話法です。このように、否定的なニュアンスにならない話し方を取り入れるだけでも、相手が持つ印象が変わってきます。

また話法だけではなく主張したい内容についても、否定系で終わらせず、対応可能な代替案のような肯定的な提案を合わせる形で主張するようにするとよいでしょう。例えば、「納期を2日早めるのは厳しいです」という形ではなく、「納期を2日早めるのは難しいですが、1日でしたら早めることが可能です」といったように、前向きに対応を検討する姿勢を見せるイメージです。

順番に主張を伝えるDESC法に取り組む

それでは、具体的なトレーニング方法を見ていきましょう。アサーションを身につけるトレーニングで活用されているのが「DESC法」という方法です。

「DESC法」は事実や意見を分けて分析するフォーマットのようなものであり、アサーションを「Describe(描写):事実を客観的に伝える」「Explanation(説明):自分の意見や感情について説明する」「Specify(提案):自分ができる範囲の代替案を提案する」「Choose(選択):相手の反応によって自身の行動を選択する」の4つに分けたものです。

自身を取り巻く状況や相手に主張したいことをこの4段階に落とし込み、それらを分析することで主張を具体的に伝えられ、意見の擦り合わせを円滑に行えるようになります。

日常生活においても、自分が考えたことを「DESC」に当てはめ、どのような主張が適切であるかを分析するようにしていくと、ビジネスでのやりとりの際にも、このフォーマットで考えて適切な反応を返せるようになるでしょう。

ロールプレイング研修を通して実践する

アサーションの習得のためには、実際のコミュニケーションを意識した取り組みも有効です。

DESC法はあくまでフォーマットで、事実整理と分析を通して自身の主張を整理する方法であるのに対し、ロールプレイングは実際のコミュニケーションを意識しながら2人1組やグループで行うものなので、より実践的に身につけることが可能となります。

普段の実務環境を意識しながら取り組める方法であるため、所属部署や現在取り組んでいるプロジェクトのメンバーなどで実施することも可能です。個々のコミュニケーション課題の把握・共有だけではなく、ほかのメンバーのコミュニケーションタイプの把握や課題の共有もできるようになります。また、チーム内のコミュニケーションの機会としての機能も期待できます。

アサーションとあわせて身につけたい、コミュニケーションスキル

現場で活用できるコミュニケーション方法は、アサーションだけではありません。声のトーンや話のペースひとつ変えるだけでも、相手の受ける印象や聞き入れてもらいやすさが変わってきます。前述の「アイメッセージ」や「イエス・バット法」に加えて、アサーションとあわせて身につけておきたいコミュニケーションスキルについて、さらにご紹介します。

アクノレッジメント

コミュニケーションを円滑化したり部下や同僚のポテンシャルを引き出したりする方法として、「アクノレッジメント」があります。アクノレッジメントは「承認」という意味で、相手の関心や変化に気づき、相手が何を望んでいるかを理解するところから始まります。そして、理解したことを相手に伝え、相手の存在を認めることで心を開きやすい状況を作り出す手法です。

ペーシング

ペーシングは非言語的なコミュニケーション手法で、相づちや声のトーン、うなずくタイミングなどで、安心してコミュニケーションが取れる信頼関係の構築を図る手法のひとつです。

相手の話すスピードに自身の話すスピードを合わせたり、相手の話している内容に合わせて間を作ったりするなど、会話における非言語的な部分を意識的に行うことで、相手の警戒心を解き、自身の話を聞いてもらいやすくする効果が期待できます。

アサーションを身につけて、スムーズに連携できる組織を目指そう

アサーションを身につけ、さまざまなコミュニケーションスキルとあわせて活用することで、チーム内のコミュニケーションを円滑にすることが期待できます。プロジェクトのもと、経験やスキル、属性の異なる人同士が集まって仕事をする機会が日常的にあるITエンジニアの世界においては、チーム全体にこのようなコミュニケーションスキルを浸透させることが、チームの力を引き出す鍵となります。

まずは定例会や通常業務などで、日常生活における自身のコミュニケーションタイプを把握し、アサーティブなコミュニケーションを意識的に身につけていきましょう。